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私の競馬遍歴
私は、
トウカイパレスに競馬の楽しさを知り、
ナリタトップロードに夢を追い、
オグリキャップに生きる意味を考えさせたれた
男です。
お暇があれば、下の詳しい競馬遍歴をご覧になってください。
競馬履歴
1994.?
高校時代、何となく予想し、当てるが、友人が自分の馬券を買わず。衝撃。
1995.7
当時の彼女の影響を受けて、ダビスタにハマる。
1995.11
菊花賞にて初めての馬券購入。それが何と大当たり。本格的な競馬の始まり。トウカイパレス万歳。
1995.11
ジャパンカップの行われる東京競馬場へデート。
1996.2
東京新聞杯、トロットサンダー−メイショウユウシ¥1350。浦和の星。
1996.2
中山牝馬S、11番人気プレイリークイーンから流すも、2番人気ショウリノメガミが抜ける。武のバカヤロー。
1996.3
弥生賞、ダンスインザダーク−ツクバシンフォニー¥1090。SS四天王の時代。
1996.3
阪神大賞典、ナリタブライアンとマヤノトップガンの名勝負の中、画面から消え行くトウカイパレスの影を追う。
1996.6
初の日本ダービー。東京競馬場へ。フサイチコンコルド−ダンスインザダーク¥3420。和製ラムタラ。
1996.10
秋の天皇賞。サクラローレル3着。ノリのバカヤロー。大叫び。
1996.11
菊花賞。佐藤哲ミナモトマリノス。撃沈。
1996.11
マイルCS。ジェニュイン−ショウリノメガミ¥2980。ショウリノメガミには借りを返してもらった。
1996.12
朝日杯3歳S、マイネルマックスにて佐藤哲が初GT制覇。馬券は当たらなくても大感激。
1996.12
有馬記念、サクラローレル−マーベラスサンデー¥900。遅せーんだよ、ノリ。
1997.1
とうとう金杯に手を出す。中山競馬場へ。ベストタイアップの単¥240。いいことるように。
1997.5
春の天皇賞、3強の激突。矢のようなマヤノトップガン。最高。
1997.5
オークス、春追い続けたシーズプリンセス。撃沈。
1997.6
ダービー、春追い続けたマイネルマックス。撃沈。
1997.10
秋華賞。メジロドーベルが嫌いだった私は、さらにメジロドーベルが嫌いになった。
1997.10
秋の天皇賞。エアグルーブ初の牝馬制覇。我がジェニュイン3着。
1997.11
菊花賞、超がつくスローにシルクジャスティス撃沈。福が来た。
1997.11
マイルCS、タイキシャトル−キョウエイマーチ¥2760。大器開花。
1997.12
朝日杯、栗毛の怪物グランワンダーはワンダフル。フィガロって、いい名前なんだけどなぁ。
1997.12
有馬記念、シルクジャスティス−マーベラスサンデー¥1240。藤田の意地。資金回収。
1998.4
桜花賞、タマモクロスの子ラティールをよそに、咲く胡蝶蘭。
1998.4
皐月賞、なぜはこっちの芦毛は嫌い。
1998.5
春の天皇賞、またシルクジャスティスに借りが出来る。
1998.6
日本ダービー。何故かセンターフレッシュ。13着。
1998.7
宝塚記念、サイレンススズカ唯一のGT勝利。シルクジャスティスにまた借りが。
1998.8
車にて初の北海道旅行。馬見三昧。
1998.8
北海道旅行中に札幌競馬参戦。エアグルーヴ連覇の影に、サクラエキスパートとスノーエンデバー。
1998.8
タイキシャトルの初海外GT制覇の偉業を掠め取るように、シーキングザパールの偉業がなされる。
1998.9
新潟3歳S、初のペーパーオーナー馬、ロサードが勝利。
1998.9
中山競馬にて初の万馬券ゲット。騎手は池田鉄平だったと思う。馬の名前思い出せず。
1998.10
秋華賞、ファレノプシス−ナリタルナパーク¥10460。GT初万馬券。ルナパーク最高。哲三最高。
1998.10
秋の天皇賞、サイレンススズカ予後不良。
1998.11
京王杯3歳S、ウメノファイバー−ロサード¥3420。この2頭は後にも私のためになってくれた。
1998.11
エリザベス女王杯、メジロドーベルなんて嫌いだ。
1998.11
ジャパンカップ、エルコンドルパサー飛翔。買うときに限ってステイゴールドは来ない。
1998.12
有馬記念、ステイゴールドとシルクジャスティスにさらに借りが出来る。
1999.1
中山金杯、サイレントハンターの単¥340。幸先良いスタート。
1999.2
中山牝馬S、万馬券の恩人ナリタルナパークが宿敵メジロドーベルを撃破。しかし、馬券を買えず。痛恨。
1999.3
弥生賞、ナリタトップロードに惚れる。
1999.3
スプリングS、ワンダーファング−タイクラッシャー¥6420。なかなかの当り。
1999.4
桜花賞、幸に勝って欲しかったトゥザヴィクトリー3着。
1999.4
皐月賞、トップロード万全のはずが3着。思えばここから悲願の菊花賞が始まる。
1999.5
オークス、ウメノファイバー−トゥザヴィクトリー¥2840。末脚と逃げのコラボレーション。
1999.6
ダービー、悔しくてしょうがない。涙の渡辺。
1999.7
2度目の北海道。函館競馬参戦。日程の半分を日高で過ごす。トップロードに会う。秋の雪辱をここに誓う。
1999.10
秋の天皇賞、スペシャルウイークの復活劇。
1999.11
菊花賞。京都参戦。感動のナリタトップロード戴冠。
1999.11
エリザベス女王杯、メジロドーベルとの和解。引退レースで初めて彼女の馬券を手にする。5冠。ヒモは外れ。
1999.11
マイルCS、エアジハード統一マイらーへの飛翔。種無しサクラユタカオー今年3冠。
1999.12
朝日杯3歳S、笠松の夢、レジェンドハンター破れる。
1999.12
有馬記念、宿敵のハナ差決着。この年は良くも悪くもスペシャルウイークを中心に回った。
2000.1
冬の北海道に3日滞在。−20℃の中、スペシャルウイークとご対面。
2000.2
京都記念、我らがトップロード、テイエムオペラオーの2着。ここから何かが始まった。
2000.3
阪神大賞典、トップロード3着。本番はまだ先だと思っていたが、もう番付は決まっていた阪神の春。
2000.3
高松宮記念、かつての3強がいよいよ戴冠。スプリンターのキングへイロー。長かったね。
2000.4
皐月賞、勝ったエアシャカールは我がペーパーオーナー馬。
2000.4
春の天皇賞、揺らぐ愛馬への自身と揺ぎ無き宿敵の7冠ロード。
2000.5
ダービー。エアシャカール外へヨレヨレ。河内アグネスフライトに栄冠を譲る。
2000.9
4度目の北海道。フラワーパーク、ゴールデンサッシュなど閲覧。
2000.10
スプリンターズS。ダイタクヤマトの衝撃。中年サラリーマンの夢。
2000.10
菊花賞。エアシャカール2冠。POG大勝ち。ダービーのヨレヨレがなければ。
2000.10
秋の天皇賞。朝から無情の雨。夢が散る。ナリタトップロードの転落。ああ無常。
2000.11
ジャパンカップ。GT馬が出れない。
2000.12
ステイヤーズS。夢が散っていくのを見守るしかなかった。
2000.12
有馬記念。いよいよの乗り代わり。辛い1年が終わった。
2001.3
阪神大賞典。衝撃のレコード。誰もが復活を夢見た。
2001.4
春の天皇賞。悲劇は繰り返される。もう競馬から離れる。
2001.10
京都大章典。久しぶりに見た競馬で見た悲劇。悲しき結末。
2001.12
有馬記念。力果てた王者オペラオー。トップロードは菊花賞以降彼の前を走ることは一度もなかった。
2002.8
5度目の北海道。オグリに泣きを入れる。
2002.12
有馬記念参戦。あの時の彼を、忘れない。
2003.6
POG参戦。地元の元バイト仲間で。
2004.3
中山参戦。初ゴンドラ。今迄で一番負けました。久々の私にきつい仕打ち。
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