- 2008/03/27 00:15
- 長崎2007
平戸市紐差から西へ4kmほどのところにある、根獅子の浜海水浴場(地図)です。日本の水浴場55選にも選ばれている浜で、美しく精悍な浜、という風情なのですが、1635年に根獅子近辺のキリシタン信徒70名がこの浜で処刑されたという悲しい歴史を持つ浜でもあります。1635年といえば島原の乱が起き、鎖国が完成する直前。ザビエルの来日以来、長崎や平戸、となりの生月島などを中心に日本各地にいたキリスト教徒は迫害や踏絵に代表される強制的な宗派変え、弾圧などに臥されることとなります。そして、この時期から日本のキリスト教徒は潜伏期といわれる時代に突入することとなったわけです。
写真右下辺りに石がありますが、「昇天石」と言われおり、キリスト教徒はこの石の上で処刑され、天国に昇ったと言うことで今も聖地として祀られている石です。
一番のお目当てはすぐ近くにあるキリシタン資料館だったのですが、こちらは定休日でお休み。
根獅子の浜を見て、ここから一時平戸島を離れ、平戸島の北にある生月島へ向かいます。
こちらは、根獅子の道端にあった地蔵。これは仏教、と見せ掛けてキリスト教に関係ある話。先程鎖国の完成、といいましたが、布教が盛んであった地域では多くの教徒は表で仏教を信仰するように見せかけ、秘密裏にキリシタンとしての信仰を続け守っていました。その信仰は集落などの地域単位で行われていて、実は秘密というには守りは浅墓だったといわれています。徳川幕府ではキリシタンは壊滅、もしキリシタンが見つかったら厳罰が下されることになっていましたが、この秘密裏の信仰は続けられました。時の平戸藩はこれを黙認したわけです。このキリシタンたちはそれなりの数に上り、これを全部虐殺するとなると、それはそれで年貢が減るわけです。キリシタンたちは自分たちの信仰が守れるならと、年貢などはきっちり納めていたらしく、平戸藩としても問題が起きなければ問題がなかったわけで、それなりにバランスが取れていたということですね。この地蔵も、表向きの熱心な仏教信仰を示すキリシタンたちのカモフラージュだったわけです。
※カクレキリシタンについては後の記事で詳述します。
こちらは特に今までの話とは関係なし。県道19号線、行き着き島への道の途中で。
県道19号のワインディング道路を抜けていくと生月島が見えてきます。平戸島からみる生月は、なにか絵の中に出てくるような光景に見えます。場所によっては、風車などが見えてくるんですね。ちょっと異国を思わせる光景です。
こちらが平戸島から生月島へ渡る生月大橋(地図)。有料道路です。橋の構造を三角形を繋げたような形で、トラス橋といいます。建設当時は世界最大規模のトラス橋だったそうです。
写真は生月島に渡ったすぐ左手にある、道の駅生月大橋から見たものです。
こちらはちょっと離れたところから。橋の対岸は当然平戸島。船が橋の下を通ろうとしていますね。
生月大橋と我がオートバイ。トラスの構造がよく分かります。
こちらは大橋から撮った舘浦漁港です。
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