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上五島の教会-上五島(6)

五島列島は5つの島、と思われがちですが、実際は5つでなく、もっと多くの島で構成されています。そのうち上五島と呼ばれるのは中通島、若松島、奈留島を中心とした新上五島町と中通島の北部にある宇久島、小値賀島などを含めた地域を言います。この上五島地区には全部で30の教会が建てられていて、日本では屈指の教会密集地域となっています。
写真はカトリック青方教会。2000年に建てられた新しい教会ですね。世界初の石油備蓄基地が作られた折島(地図)からの移住者などで人口が増えている地区だそうです。

聖堂内部です。

中通島はリアス式海岸であり、海岸線は複雑で傾斜はきつく、「島々は連なった山々が溺れ谷になって海に沈み高い部分だけが残ったような(Wikipedia)」地形になっています。集落を作れるような場所は非常に少ないんですよね。
五島列島のキリシタンの起こりは、現長崎市外海地区からの移住だといわれています。
時の大村藩と五島藩とて移住がなされたのは1797年。その背景は当時人口抑制を行っていた大村藩と未開地を開拓したい五島藩と双方の思惑が一致したこと。外海地区のカクレキリシタンにとっても、人口抑制で子どもを殺さなくてはいけない、つまりキリスト教教義に反する、ことを拒むことによる弾圧を受けており、五島移住は嬉々として行われたとのことです。
ですが、五島に移住地を与えられたのはごく一部のものだけで、その多くは自分たちが住む土地を探す破目になったのです。前述の通り五島列島は非常に難地であり、平坦な場所は当然すでに人が住んでいる。キリシタンたちはその難地の中でなんとか住まえる場所を探し開拓をしていったのです。「五島は極楽、来てみて地獄」と謡ったのは、嬉々として移住していったキリシタンたちでした。
写真の奥にある赤い屋根らしき建物がカトリック赤波江教会です。どうみても難所の集落です。現在では道も整備されて車という道具もありますが、昔は道は使えるものでなく、すべて船で移動していたということです。そうなると集落間の移動も容易でないわけですね。これが上五島に教会が多い理由でもあります。
五島列島のキリシタンの辛い思いが偲ばれる一枚ですね。

こちらは赤波江教会の中で。恐らく信者の方の聖歌集だと思われ。聖書なんかも置かれています。見学の際は当然触るのはご法度です。

こちらはカトリック仲知教会。ステンドグラスが見えるようわざと暗く撮りました。

こちらはカトリック米山教会の聖堂です。

カトリック米山教会の敷地内にあるルルドの聖母像。ルルドの聖母についてはまた後ほど。

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