- 2006/12/29 01:02
- 四国お遍路2006
ちょっと込み入った話。
四国お遍路とは四国の88の「お寺」を「回る」こと。目的はいわゆるお寺参り。そのことがいかに重要なのか。
ある一定期間に88もの寺を回る。1寺に本堂と大師堂で少なくとも般若心経を唱えること176回。方々で頭を下げることは1000回くらいでしょうか。こんな経験、私の今までの人生の中でありません。寺回りの数だけで人生の半分を超えているのではないでしょうか。
目が治る、ガンが治る、不妊が治る。様々な空海伝説。お寺にあるのは今で言う北朝鮮張りの伝説ばかりです。遍路路を歩くことは弘法大師即ち空海さんの弟子になること。そのための白衣で金剛杖。お接待といってもそれは私にくれるではなく、お遍路をしている人に、お接待をした恩恵を神様から賜るためにしているのです。すべては弘法大師、仏様の思し召しなのです。
お寺の伝説を楽しめなければお寺回りの意味はないでしょう。まさしくそれは納経をもらうためのスタンプラリーに過ぎません。だからここで逆の発想。もし伝説が本当だとして、苦難が喜びがこれが弘法大師や仏様の思し召しならば。これぞまさにお遍路の醍醐味。お遍路とは神様と触れ合う旅なのです。
正直のところ、私のお遍路の動機は大それたものではありませんでした。四国遍路を制覇すること、お遍路という言葉のスピリチュアルな響き。これです。道中時に喜怒哀楽を得て思い悩み神やお大師様に伺いを立てて思い至る。それを得て後に生かそうとすることこそ人生即遍路。それに魅せられたこそよい旅となったわけです。
神様にお手伝いいただく旅なんてそうそうないですよ。
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- お遍路をするということ - 茜食堂 より
