- 2005/07/17 00:48
- 北海道・東北 2004
函館の歴史は北海道においてとても重要だ。
歴史に函館が登場してくるのは15世紀。だが、最も重要なのは幕末、明治ということになろう。
日米和親条約により外国へ開港せざるを得なかった函館。函館の歴史が重要となれば戊辰戦争の終焉、箱館戦争について容易に創造するが、僕の視線はその後の港町としての函館の歴史に向いている。
明治以降、開港五都市の一つとして発展を遂げていった函館。鎖国が解かれ明治という新しい激流の中、函館は他の港町と同じく、あらゆるものを吸収していった。島国日本の経済成長はすなわち港町の発展と共にあったのだ。
経済の中心である港町は人の流れも作った。外国人の移住による様々な異文化がもたらされた。カレーを初めとする洋食、華人によるラーメン、キリスト教などの宗教。この街には外国文化の最先端が全てそろっていたのである。
入ってきたのは外国人だけではない。開拓民、炭鉱夫。夢を背負って津軽海峡を渡る人々の北の入り口としてもこの函館は存在していた。
経済を、文化を、そして人を。この街はすべてを呑み込んでいたのだ。
東京以北最大の最大の街と言われた当時の函館。一時は日本で5番目に人口が多い都市となったときもあったというが、戦後になり一気に衰退してる。頼みの綱の北洋漁業と造船業も下火になると、街は寂れた。その寂れた街並みに旅愁を掻き立てる旅人たちに多く支持されるという皮肉な形で観光地としての地位を築き上げている。
それが今の函館だ。
僕はこの街を歩き、街が垣間見せる歴史や文化、そしてそれらが形作った様々の雰囲気に触れていくうちに、いつしかこの街が好きになってしまった。
今までの北海道への旅の中で計6回、この街を訪れている。だが、本当にこの街を知ることが出来たのはのは今回が初めてだった。6回目にしてそんな函館の魅力に僕はやっと辿り着くことが出来たのだ。
夜景、赤煉瓦、ラーメン、坂、洋館、洋食、歴史、教会、そして港町。僕の旅の指標になる項目はすべて函館、この街から貰ったもの。
函館は僕の心を捉えて離さない。
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