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「瑠璃の島」と「子乞い」−どこまで関連性?

先日放送終了した2005年春クールNTV系土曜ドラマ「瑠璃の島」。私も感想等いろいろ書かせてもらいましたが、今企画もとりあえず一旦この記事で終了させてもらいます。
最後はドラマ「瑠璃の島」と原作である「子乞い」の関連性についてです。

瑠璃の島

瑠璃の島

基本的なところから行くと、瑠璃の島において主役を張った里子の藤沢瑠璃(成海璃子)と謎の男川島達也(竹野内豊)ですが、2人とも原作には登場しません。原作において最初に里子で連れてこられるのは鳩間島の親戚筋を辿った子供が2人鳩間島に来ることになっています。
ただ、原作の中のモチーフやモデルになっている人物は存在しています。鳩間島が里子をもらった一年後に施設から里子をもらっている点(原作ではラストにあたる)と、他所で犯罪をして偽名を使い鳩間島に来た男がいる点です。ちなみにこの男は島人とトラブルを起こし、島を出て行った後に逮捕されることになります。
その他キャストにしても多少の関連性があるにしても、基本的にはオリジナルです。
ストーリーに関しても2つの作品が多少面持ちを異にしている点が目に付きます。鳩間島に里子がやってきて、一年後に中学が再校して、島の公共機関が再生していく、という点では一致しますが、瑠璃の島でメインに置かれたこの2人の傷を回復する軌跡を辿るところや、瑠璃がさまざまな問題に直面するという主題は基本的にありません。

子乞い―沖縄孤島の歳月

子乞い―沖縄孤島の歳月

「子乞い」の作者の森口氏は十数回の鳩間島の島人の取材の中からこのルポルタージュを書き下ろしたとのこと。その中には島分けといわれる沖縄独特の離島苦について描かれていて、中には憧れの楽園に移住してきて、現実に直面し、独特のコミュニティに馴染めず島を後にする人も描かれています。海は美しい。ですがベースはあくまで離島苦。それが長く綴られている中で、島独特の感動を引き出しています。
瑠璃の島では、東京から来た女の子と青年が鳩海島にて再生する物語。そういった意味では瑠璃の島と子乞いは基本的に違う物語といったほうが妥当だと思います。

ですが、あくまで瑠璃の島が子乞いのエンターテイメントアレンジであったという側面から見ると、意義がなかったわけではありません。舞台装置としての鳩間島はとても綺麗だったし、やはり癒される。例えば沖縄を知らない人には「こんなに海が綺麗なのか」、旅行で行ったことのある人には「やはり沖縄はいい」と、新発見再発見の良いイメージを植えつけるにはもってこいだったかと。
里子の苦しみを扱っていなかったといえばそうではなく、沖縄問題を「語る」のではなく、軽く扱うことによって「知らせる」という役目は果たしているのかなと思います。
子乞いの本もドキュメンタリーとしては秀逸だという感想はあるのですが、離島苦のことを知らない人には多少の違和感を感じさせる面もありました。そこを勘定するといきなり島の特殊な論理をたたき付けられるよりは、エンターテイメントとして伝えるだけでも、非常に価値があったのかと思います。また、制作者にもそのような意図があったのではないかと思います。

ただ、やはり惜しむらくは、原作の高いメッセージ性と問題提起にエンターテイメントアレンジが追随できなかった点。とりわけ前半各話は離島苦とオリジナルキャラクターの里子が見事にマッチしたストーリー展開をしていたにも拘らず、後半は前半の単なる焼き増しのようで、ストーリーに変化がなかったのがかなり鼻につきました。人間ドラマとしては平凡で、少なくとも沖縄だから・子乞いだからという意味でのオリジナリティーは欠けていたと言うのが本音の感想です。海が綺麗なのは元々あるイメージだったのではないでしょうか。むしろそのイメージを増幅させるような演出は、瑠璃の島の功罪であるのではないかとすら危惧します。
そう考えると、制作発表でスタッフから声高に言われた、「沖縄のイメージを一変させる」旨の発言が非常に虚しく感じられます。
子乞いという話題作が瑠璃の島という大作になりえなかった。僕はそう思うのです。

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