- 2008/01/12 00:22
- 旅のトピック
旅の写真を見返していて、思うことがあります。
旅の理由。これがいまいち解らないんですね。
私がいわゆる自分自身で定義付けできる「旅」というものを下のが2002年のこと。それから今まで様々の場所を、様々な方法で旅をしてきました。灼熱に耐え、寒さに耐え、雪の中を黙々と歩き、雹に降られ、忘れないような体験や友人に出会う。いや、時には人に詰られたり、クズのような言葉を吐かれたこともありました。山を仰ぎ、海を望む。素敵な建物に感嘆もして、大切な場所も多くできました。中にはこれ以上ない、と思えるような旅もありました。
ですが、最近友人に「どうしてそんなに旅をするの」と訊ねられたのですが、うまく言葉が返せなかったのです。
「旅のみが人生であり、また人生は旅である」という言葉を遺したのは、ドイツの小説家であったジャン・パウル。多くの旅をしない人にとっては単に気障わりで、数少ない旅をする人は恐らく肯定するだろうこの言葉。私はまだこの言葉を上手に飲み込むことができません。
思えば、その2002年の旅から、自分が何一つ変わっていないことに気づきます。当初は私も旅は自分を成長させるとか考えていたことがありましたが。しかし、私は気づきます。旅で得るものは、決して旅でしか得られないわけではない。逆の言い方をすれば、旅の素晴らしさというものは、普段の生活にも溢れている。もう一つ、どんな偉人にも資産家にも落ちこぼれにも盗人にも小心家にも、同じく朝は来る。旅は人生。
「旅は出発地に帰るために出発する」と、とある小説家は言いました。人生は旅であるならば、人が生まれて死ぬ運命はまるで旅のさま。何でも自分の人生を肯定したがるのは人間の性。もがいてのた打ち回って、ふと足許を見ると、立っている場所はきっと変わっていないんです。旅の理由なんて知らないままに、きっとまた私は旅に出るんだろうなと。
今のところ旅に出る予定はないですが。
少々体調を崩しており、立ち遅れましたが、次回更新より昨年冬に行った北海道の旅をお送りします。
年をとると、風邪一つも長引いてしまって嫌ですね。
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