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1Q84


1Q84 1-3巻セット

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2009-2010年刊。日本ならず世界でも評価されるworldwideの小説家村上春樹。世界のmurakamiですね。twitterのタイムラインなんかをみても、読んでいて止まらないというTLをよく見かけます。
さて、「海辺のカフカに」続く本刊は、2年に掛けて創刊。500ページに及ぶ本が3冊とこれまた長編でした。私は図書館で1冊ずつ借りて読んだのですが、これまた2年がかり。予約が多くてなかなか自分に回ってこなかったです。つい最近やっと借り出して読了することができました。BOOK1、BOOK2を読みおわってからBOOK3を読み始めるまでに1年ほどブランクがあったりと、ちょっと内容を忘れそうになっていたところを、思い返すように読みました。ちなみにそのBOOK2とBOOK3の間に村上氏の本を一冊読んでいます。

さて、今回の小説ですが、いわゆる恋愛小説ということでよろしいでしょうかね。恋愛などとジャンルわけすることよりも単に村上氏の小説は村上氏の小説としたほうがいいのかもしれませんが、あくまで今回は2人の男女の恋の物語ということでいいですかね。小学生以来会っていない2人が、いかに時を経て繋がったか。そんな恋愛を村上氏流に描いたか。恋愛小説自体はあまた存在しても、いわゆる村上ワールドでいかに描かれるか、それがこの本の魅力なわけですね。伝えたいことはどんなことがあっても2人でがんばるんだ、というようなありがちな結論だったと思いますが、それが村上ワールドを経て、それがあまりに複雑なのですが、しっくり肌になじむように心に入っていく。そんな印象でした。
月が2つになる。そんな思いもかけない非日常。日常のようであたかも非日常である世界。そんな仕掛けが本当に面白いですね。小説というのは言わば作り話なわけですが、それを混沌と複雑に混乱する、というかさせられる。あくまで虚構として別の世界に放り込まれる。でも、一方で実際に起きているような感覚も。リトルピープルや空気さなぎから生まれる分身のようなものも、精神分裂や二重人格のような病理から想起されるもう一人の自分、心理学精神学等で謳われる「自分、自分から見た自分、他人から見た自分」と3つの自分が知覚される見地を鑑みると、決して間違いではない。人の知覚感覚はそもそも現実とよべるほどはっきりしたものではないですよね。ただ単に自分の思い通りにならなかったものを現実として受け止めているだけで。だから、そんな生きているうちに生ずる知覚そのものが虚構ともいえるわけですね。それを村上氏は小説にしているといえそうです。本当に現実と虚構なんて実際あいまいですよね。それらを生じさせるところに空気さなぎやリトルピープルという媒介を作って、ひとつのワールドを作り上げる。そして月が2つになる。ありえないようなありえるような。

1984年という設定はどうなんだろうと考えると、当時はバブル絶頂期だったと思うのですが、光と影は常に存在しているというか。「海辺のカフカ」なんかも影は結構重要なファクターでしたね。小説に出てくるコミューンや宗教団体はその時代の影ということでしょうか。でも確かに存在していた影ですね。ちなみにですが私は1984年は8歳、小学3年というところでしょうか。主人公は30歳で小説家、月が二つある世界から小説を持ち出しています。まさかこれが村上氏の自伝的空想だったら面白いですね。

最後に、小説というのはその本にいつ出会ったかということで結構影響に差が出ますね。今読んでも面白くない本も実は過去や未来で出会って読んだらとても意義のあるものになる、そんなことです。勿論、いつの時代にも意義はあると思います。ただ、人生においてその直線のある場面に点を打てるということはいろいろな意味があります。いつでも人と向き合うように、そんなメッセージを今の私はこの本から感じました。牛河のように、ちょっと間違えないように。あんな不可避な事柄もありえないようでありえるのだと。それが人生ですから。

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