- 2007/08/17 23:31
- 函館2007
僕は立ち竦んでいた。函館に着いてから僕は行き場をなくしていた。フェリーに乗って帰ればいいのに、僕は函館駅の裏にあるかつての青函連絡船の桟橋に向かった。
かつての桟橋は公園として整地されている。連絡線の記念館として改造されたフェリーが繋がれている。ここは観光地域から離れていて人もいない。地元の人らしい釣りをしている老人がいるだけだ。
僕はこの地が気に入った。こういう場所こそ旅を探していた。海も綺麗だし、函館山もすべてを見渡せる。そして、なにせここからはフェリーは絶対に出航しない。
僕が北海道へ旅立つときに、彼女は寂しいと言った。
「私たちは2人で一つなの。わかる?私たちは一緒にいるべきなの」そう彼女は言っていた。
僕と彼女は3ヶ月前に不倫の関係となった。僕たちは仕事の同僚だ。僕が独り身で彼女がふたり。僕たちは職場では何食わぬ顔をして仕事をしている。
僕は北海道を旅する間、彼女に居場所を知らせるメールを打っていた。彼女は高校のときに使っていた地図帳を見て、北海道の地図の中の僕の居場所を見出して楽しんでいたようだ。
僕はここ函館に着いて彼女に今からそっちに帰るよ、とメールを打った。その彼女のメールの返信はこうだった。
「あなたが北海道にいる間は楽しかった。私も一緒に旅をしているようだった。でも、夢から覚めたの。出来れば帰ってこないでそのまま北海道にいて欲しい。私の前から姿を消して欲しい」。
いつかは僕たちの関係が終わることは分かっていた。仕事に戻ったところで、今までどおり何食わぬ顔をするだけの話だ。それが僕の世界なのだ。どうにもならない世界。僕だって彼女を愛していたんだ。
「ここは青函連絡船の桟橋じゃ。昔は皆ここから北海道に渡ってきたんじゃ。北海道の開拓の話は知っているか?」
横にいた釣り人の老人が僕に話しかけてきた。僕はうなずく。老人は続ける。
「北海道は新しい大地だった。皆長い時間を掛けて、今の時間と比べもんにならないくらい長い時間を掛けて、ここに夢と希望を持って船に乗って来たんじゃ。この地は中継地でまたさらに北へ旅立って行ったんじゃ。そして又多くの人がここから去っていった。夢の大地というには酷い環境じゃったんじゃ」
そこまでじゃべった老人は、自分が垂らす釣り糸に視線を戻した。
「おじさんは帰らなかったんですか」僕は聞いてみた。
「帰らんかったよ」老人は釣り糸を見つめたままそう言って、やがて目の前にある函館山を見上げた。
僕も老人と同じように函館山を見上げて、老人と同じ顔をしてみた。するともう出航するはずのないフェリーから、大きな汽笛が一声鳴って、響き、こだましていった。
※この物語は、フィクションです。イメージとして実際に撮影した写真を使っていますが、実在する人物、地名、建築物等は、一切関係がございませんよ。
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- 函館フィクション 第2話 - 茜食堂 より


