
女の一生〈2部〉サチ子の場合 (新潮文庫)
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1982年。芥川賞作家で戦後文学において第三の新人の一人に数えられた遠藤周作。その作風の主題となった宗教観、とりわけ自らの経験によるキリスト教を題材にした作品をライフワークとして多く手掛けていますが、本作もその一作に数えられるキリスト教世界観を扱った作品であります。タイトルの女の一生はシリーズ化されていて、本作はサチ子の場合は2部。1部はミツの場合。いずれもキリスト教にまつわる女性の人生にクローズアップさせた物語となっているのですが、この女の一生シリーズはさらに輪を掛けて日本におけるキリスト教の歴史の出来事を物語の背景に置かれて書かれています。日本のキリスト教の歴史は16世紀にフランシスコザビエルが布教をして以来、江戸時代のキリスト教禁教、明治維新期における信教の自由を獲得するまでの迫害、太平洋戦争の言論統制と敵性宗教と迫害の歴史を辿っています。そのうち2部サチ子は太平洋戦争戦時下が背景となっています。ちなみに1部ミツの場合は明治維新当時。さらにいうとこのシリーズではないですが、遠藤氏の著作で代表作の一つにあたる「沈黙」が江戸の禁教時代を扱っています。そして、もう一つ大事なポイントが舞台の長崎。上記3作がすべてキリスト教の歴史を背景に長崎を舞台に書かれているわけですが、すなわち日本のキリスト教史の舞台が長崎であるということですね。江戸時代以降唯一の開港港であり常に異国情緒をもたらしてきた長崎は、その異国文化の象徴であるキリスト教の最前線でもあったわけです。そしてその日本の長崎のキリスト教史は日本の歴史の深いところにも繋がってきます。江戸時代以降禁教の間でも秘密裏にキリスト教の信仰が受け継がれて、明治時代初期の迫害の対象にされたのが浦上集落であり浦上信徒。そして65年前の今日、1945年8月9日の長崎の出来事。あの原子爆弾が落とされたのが長崎の「浦上」なのです。
改めて本作。戦時下の特攻隊員との非恋話。教会に通う幼なじみの二人がやがて戦争に巻き込まれる。人を殺すなかれと教えられていながら沈黙する基督教団。過ぎ去った歴史を傍観する身としてはその態度にいささかの仕方なしの感をもちますが、当時の人にとってはキリスト教の組織は何もしなかったと絶望したところもあっただろうこともまだ想像に難くない。国家や組織、そして人が持つ複雑な感情と矛盾や葛藤を一手に背負って男は特攻隊として戦死し、女は偶然被爆を逃れそれを本物の愛として心に固く封じこめ、生きる。このように美辞麗句ではなくキリスト教へ、それを通じた人生そのものへの皮肉を遠藤氏は描いています。これは「日本人でありながらキリスト教徒である矛盾」と語っているように、自らがキリスト教徒として迫害された経験が作品に色濃い反映だとされています。キリスト教に限らず無垢な言葉が並ぶ宗教と実社会の矛盾、そして直結する自身の善と悪。それに立ち向かった結果の本作。その視座は氏の晩年の代表作「深い河」にも繋がる貴重なエッセンス。本作自体は序盤はこの二人の幼少時代とともに、日本で布教活動をした後にポーランドでナチスの捕虜となりながらアウシュビッツの聖者と呼ばれるマキシミリアノ・コルベの物語と平行していく形をとりますが、その話があまり本編やテーマとリンクしておらず、氏の傑作と比べてしまうとちょっと不満な出来なのですが、エッセンスはしっかりと組み込まれています。長崎、キリスト教。遠藤文学を語るにこの視座は外せません。
キリスト教史の視点から歴史学、遠藤周作学の視点からの文学論、そして長崎学。そして平和と生きること。
なんとも本作の話より別の話になってしまっていますが、再度改めて本作。今のこの時期に読めて良かったと思っています。実は女の一生は2冊まとめて買ったのが3年前。1部の方は買ってすぐに読んだのですが、2部はその後手付かずでふと最近手に取りました。この戦時下のお話。特攻隊員との恋の話、よく耳にすることはありましたが、本を読むというかたちでちゃんと対峙するのも初めてでしたし。
人を殺してはならないと教えられ、学徒隊員として戦地に赴く。それでも人を殺さなければならない立場の自分に「人を殺すなら自分も死ななければならない」と特攻隊員として命を捨てる男。
女の一生は特攻隊員に捧げられた一生であり、それが本物の愛。いまの時代はそんな愛は、すなわち本物の愛はないと嘆く。そして、教会ですれ違った自分が愛した男の友人とも言葉を交わさずに教会を出て行ってしまう、そんなラスト。
僕たちが戦争に対峙する夏。ナガサキ。僕たちは想像力と思考力を一杯に働かせて、このことについて取り組まねばならない。より良き世界を求めることが、人と手を取り合うように。人の成長というものが、間違った方向へ進まないように。
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