ホーム > 競馬のお話 > エリモハリアー号引退へ

エリモハリアー号引退へ

私の好きな馬というのは、概していわゆる名馬といわれるようなスターホースはいません。私が競馬を始めた頃にはスターホースにビワハヤヒデやナリタブライアンなぞがおりましたが、あまり興味がなかったですね。ディープインパクトなんてもっての他。彼が出るレースは彼を負かす馬を馬柱から探し出そうとしてしまう質です。彼らがスターであることには変わらないんですが、そんな半官贔屓的な思考になるのは競馬がギャンブルであるからでしょうか。そもそも「社台」よりは非社台系が好きなんです。馬券では社台系を買いますよ。でも好きな馬となるとどうも非社台系が多いんです。まぁ好きな馬が社台系にせよ非社台系にせよ好きな馬が走っているというのが一番競馬が楽しいと思いますね。いくら万馬券とっても好きでなければそれで終わり。愛着を感じる馬の馬券を持って競馬場に見に行く。これが一番の競馬の楽しみ方だと思います。好きで買った馬の勝つところを目の当たりにして、しかも財布が膨らむ。競馬がギャンブルであることをしっかりと加味したすばらしい楽しみ方だと思います。

閑話休題。それはさておき。数年ぶりに書く競馬の長文エッセイです。

毎年1回昔のアルバイト仲間とPOGのドラフトをして、年に2回程度大学時代の先輩と競馬場にいく、というのが今のわたしの競馬との関わり。それでももう10年以上のお付き合い。昔は毎週ブックやギャロップをチェックして、毎週競馬場やらウインズやらに足を運んでいたという時代もありました。競馬がライフワークだったときもあったわけです。
そんなキャリアの私が好きで好きでたまらない、私にとっての名馬といえる馬がこれまでに3頭います。まずはトウカイパレスという馬。初めてGⅠ(菊花賞)で本命にして馬券を当てさせてくれた馬。そしてナリタトップロード。新幹線に乗って漕ぎつけた菊花賞の勝利、忘れられません。そして表題のエリモハリアー。主な勝ち鞍は函館記念×3。そのごく一部のファンを妙に熱狂させるエリモハリアーの引退がついに決定しました。

通算63戦9勝。父ジェネラス、母エリモハスラー、母父ブレイヴェストローマン。馬主は山本敏晴氏でえりも町えりも農場の生産馬。山本氏はえりも牧場(現在はエクセルマネジメントに改名)の先代、山本慎一氏のご子息で、一族で馬を育てて自分名義で馬を走らせる、いわゆるエリモ一族と呼ばれてオーナーブリーダーです。
特に洋芝に強く、9勝のうち6勝が札幌・函館競馬場で挙げたもの。これは欧州で活躍して日本に種牡馬として輸入された父ジェネラスの影響が強いかと。母系を辿るとエリモハスラー~デプグリーフ。デプリーフはえりも牧場が自家繁殖を強化するために輸入した基礎牝馬。それは30年以上のお話。それがこの時代でも輝いているわけです。これぞまさにオーナーブリーディングの醍醐味を見せてくれているわけです。
改めて本馬エリモハリアー。忘れてならないのが2005~2007年の函館記念3連覇。オープン入りしてからの4勝はすべて函館、でもっての重賞3連覇。その3連覇のうち2006、2007年は馬券でお世話になり、2007年は現地函館に行き勝利を目にしてきました。特に2007年は屈腱炎明けでさすがに3回目はないだろうという見方から10頭立ての7番人気。それでも直線で他馬を鮮やかに差しきってしまう快勝劇。3連覇がなされた現地では偉業と手にした高配当に興奮するエリモハリアー関係の馬券を持つ私の付近で落胆する多くの観客の構図。その落胆する方の中から思わず漏れた「またかよ~」という言葉を聞きました。冬は寒くて夏競馬の2ヶ月しか開催が行われない函館競馬場。函館の競馬ファンにとって函館記念は一番のお祭りなんです。それを3年間独占したエリモハリアーだったのです。その落胆するファンを尻目に私はこうおもうのです、エリモは函館がすきなんだよ、函館の祭りはエリモハリアーのためにあるんだよ、と。冬は怪我をしても他の競馬場で惨敗を繰り返しても、函館競馬場に来るとどうしてか復活する恐怖の函館馬。まさに「函館の夏は、エリモハリアーの夏」です。
なんでエリモハリアーを好きになったのか。簡単にいうと私が函館が好きだからです。こちらのサイトを見ていただければ解るとおり、旅好きの私が特に好きなのが函館で今まで10回足を踏み入れている地が函館。函館に住んでいる人よりも函館に詳しい旅の函館巧者です。そんあ函館好きがたたって当時一線を引いていた競馬に函館競馬がある夏競馬のみ参戦するようになったのが2006年頃。そんな時に現れたのがエリモハリアーだったのです。ちなみにですが、函館競馬場の成績だけプラスだったんですよ。

函館好きでエリモハリアー好き。アホらしいですけど、これが本物ですよ。実際競馬場で負けてオケラになる私が、あの日その日の負け分(指定席に並んで入ったので1Rから参戦)をすべて取り返して、その函館の旅の費用すべてを賄ってもまだお釣りが来る配当を私にくれたエリモハリアー。ただ、函館が好き、それだけのつながりです。私は項おもうのです。やはりエリモハリアーは函館が好きだったんだと。そして同じ函館好きに恩恵を与えてくれたんだと。例えばディープインパクトが函館記念に出走していたら3連覇はなかったのかもしれません。でも、違うんです。ここは函館なんです。函館には函館の競馬があるのです。私には言えます。函館記念ならディープを負かすことができる馬がいる、と。

エリモハリアーの勝ち鞍はその2007年の函館記念が最後。2008年の函館記念は4着。2009年は函館競馬場が改修工事に入ったということで敢えてスキップして2010年、今年新装された函館競馬場の函館記念に出走するという陣営にこだわりようでしたが、13着と惨敗。もっとも2007年で7歳馬のエリモハリアーは今年は10歳でした。そしてこの函館記念をもって引退。そして今後はオーナーと田所調教師が協議して函館競馬場の誘導馬となることが決定したとのこと。エリモ冠の馬では史上最高賞金獲得馬ですがセン馬というのもあって引退後の去就が心配でしたが、この馬を大事にしてくれる一番いいところで余生が送れることになって本当によかったと思います。とにかく函館が好きな馬です。オーナーと調教師に拍手を送りたいと思います。そして函館記念3連覇はもちろん、屈腱炎を克服しここまで馬を大事に走らせたエリモハリアーのスタッフに心から感謝をしたいです。

私の心の名馬、エリモハリアーの引退は寂しいものです。それでも引退後の行方が分からなくなるサラブレッドが多い中、この馬の居場所が分かるのはこの上ない希望。近いうちにまた函館に行く契機ができたというものです。
最後はやはり「エリモハリアーありがとう」の言葉で締めくくりたいです。

-関連記事-
函館動画集:函館競馬場にて
エリモの夏・函館記念-2008年函館記念の記事
エリモの夏終わる/札幌記念回顧-2007年札幌記念の記事
函館の夏、エリモハリアーの夏/函館記念回顧-2007年函館記念の記事
エリモの夏と競馬ノスタルジー 函館記念

コメント:0

コメントフォーム
入力した情報を記憶する

トラックバック:0

この記事のトラックバック URL
http://www.helloalive.com/blog/10128/trackback
トラックバックの送信元リスト
エリモハリアー号引退へ - 茜食堂 より

ホーム > 競馬のお話 > エリモハリアー号引退へ

検索
フィード
メタ情報