- 2007/07/10 00:02
- 長崎2007
私は旅先で教会を見つけたら出来る限り入るようにしています。貴重な明治期の西洋建築としての魅力。そして、それと同等それ以上に私を惹きつける教会内の空気。神が宿るとされ、護られている神聖な地。その空間には明らかに外とは違う、一瞬で人を変えてしまうような空気が流れています。私はそれを「至上」の空気と呼んでいます。例えば写真では写し得ないものがそこにはあります。教会に限らず神社や寺院にもその神聖なる空気というものは存在するのでしょうが、それらは訪れても本堂や本殿には入れず外で拝むことが多く、外から本尊や御神体を見る形。場合には扉が閉まっていて見れない。入れても祈祷や勤行のときくらい。それと比べて教会は中に入ることに意義がある。扉が開かれていることに意義があるのだと、私なりに考えています。私自身としてはその空気を全身に浴びることが出来ること。これが何よりなのです。
勿論、扉が開かれているといって、なんとなく躊躇して二の足を踏むという方々。お寺や神社ほどポピュラーでない教会参拝と巡礼ですが、私なりに教会の中には何があるのか、何を見ればいいのかご紹介していきたいと思います。ちょっとヴァーチャル教会見学といきましょう。
当然ですが、まずはドアから入ります。こちらの教会のように3つドアが並んでいる場合は、中央のドアから入らないようにしましょう。このドアはキリスト教としても特別な場合にしか開かないそうです。このような場合、大体左右のどちらかのドアが開いてます。服装は祈りの場にふさわしく整えるのがいいとのこと。具体的には肌が露出するものは好まれないのだそうです。
ドアを入ると見えるのがこれ。聖水を入れたもので、信者の方は教会に入る際にこれで体を清めるために使います。寺や神社の境内の門の付近にも清め水がありますよね。あれと同じ考え方でいいと思います。非信者でも利用するかしないかは貴方次第。いずれにせよ失礼のない使い方であれば。
教会の全容です。奥の段になっているところからを本陣といいます。聖職者しか入ってはいけないといわれます。本陣の奥にあるのが祭壇、その手前の台が聖餐台といわれます。赤く光っているのが聖灯といってそこに聖櫃といわれるものがあります。中に入ることを禁止されている教会でなければ、椅子に座って教会を感じることもいいとおもいます。ただ、聖書など置いてあるものは当然手をつけないでおきましょう。
聖櫃。聖体、すなわちパンが入っています。このパンはキリストの体とされています。カトリックのミサではこれを使って、信者とキリストを結びつける重要なものとなります。
聖餐台。これはよく知られる最後の晩餐の晩餐台となります。ミサというのは最後の晩餐の再現であるといわれています。神、キリストを想い、キリストの体を食べて、祈りに繋げる。その儀式に重要な役割を果たす台です。
十字架の道行き。キリストが捕らえられて処刑されるまでの道程が絵によって記されています。全部で13(13留)あります。両側の壁にかけられていることが多いです。またこの道行きはプロテスタントの教会では見ることがないものです。
主だったところで、これくらいでしょうか。勿論教会によってさまざまなものがあります。また、教会の外にも多くのレリーフや像があります。そのなかでよく見かけるものでルルドの泉をご紹介。これは1858年にフランスのベルナデッタ・スビルーという14歳の少女の前に聖母マリアが現れたというお話。そのマリアが現れたマッサビエル洞窟から湧き出る水を飲むと不治の病が治るといういわれがあります。フランスのルルドはキリスト教の三大巡礼地(ローマ、スペイン・サンティアゴ)の1つに数えられて、日本の教会でもこのようにルルドの洞窟を模した像が多く作られています。また、五島市福江島のカトリック井持浦教会にあるルルドの聖母像は、フランスのルルドの水を汲んだものを教会の敷地内にある湧き水に流し込んだことで聖水とされる湧き水があり、ルルドと同じく霊力のある水とされています。
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